行き止まり

おれが生まれて最初に見たものは光だった筈だ。たとえそれが外連味のない照らしすぎる分娩室の照明灯であったにせよ、おれはたしかに光を見たに違いない。医者は特に感動もしてない。彼にとっては業務上のよくある光景で、正直に言えば痛みに悶える腹の膨れ…

3月24日のこと

北浦和に用があり、南浦和で乗り換えるため府中本町から武蔵野線に乗った。休日とはいえ昼過ぎの始発駅なので車内は閑散としており、他の乗客と睨めっこをすることもなく、平和に楽々と端の座席に座れた。数分後、電車が発進すると車内に風が吹いた。空調の…

1782文字

Tは彼の友人が運転する車の後部座席に凭れ、通り過ぎる街の風景を見つめている。赤信号で停車すると、歩道の往来を眺めながら、パッとしないやつばっかりだと思う。口には出さず、人々の顔を仔細に観察しては、パッとしねえ、パッとしねえと繰り返し思う。…

頃日の状態

この頃、自分の中であらゆる対立した感情やそれを統べる考えやそうした構造に与しない微妙な感覚や吐き気や安楽や失望や哄笑やカウボーイやノマドや田舎者や善人や白痴や男娼や少女やスカート捲りや詩や散文や感嘆詞や略語や和製英語や三角や点や線や歪みや…

しゃべるあたま

おれを四囲しているスズメバチの如く善悪を弁えぬ連中がわざわざ自ら社会的なる地獄に身を置いて、手に負えぬ怪力の鬼たちとの悪戦苦闘で困憊している様は、根源のハッキリせぬ患部を掻痒しながらカユいまだカユいと喚いている風だ。斯くも無惨な狂態を示し…

大事件

このくそ暑い昼下がりに、河川敷の脇の鬱然たる草むらを、ハエ・蚊・蜂・バッタなど、おれにとっては益体もない性根の腐った虫共に襲われ又殺しながらも、止むに止まれず進んで行かねばならぬ苦労を誰が分かってくれようか。「見つからないですねえ。どこに…

銭ゲバ大家、無情に非ず

アアラ、酷いねえ。アンタ、こりゃ酷いよ。まったく参っちゃうわよねえ、ここまでされちゃうと、サスガにねえ。たしかに入居するときに「好きに生活して構わないからね」と言ったのはワタシだけどねえ、限度ってもんがあるでしょう。ほら、壁もなんなのアレ…

【短評】都市の駅

都市の駅はすり抜けるものだ。電車の乗降や、排泄や、仕事や、食事や、買い物をするところではない。ゴムの脳みそにウロウロ動かされている馬鹿や、鉛の如き体を引き摺る女や、油切れのブリキの老人や、往来の中心で立ち止まって手を振り振りサヨナラをする…

イエロウ

鬼という鬼が例外なく黄色になり、恰好がつかなくなってしまった。鬼は人々の笑いものになった。あれほど我々に怯懦していた弱虫どもが、我々のカラダの色が変わったからといって、なぜあれほどに威張れるのであろう。鬼たちは一様に、自らを鏡でとり囲み、…

熊のコダワリ

こうじゃあ、いけないよなあ。おれが尋常の通り山道を歩く。人とバッタリと出くわす。あまりに唐突なことで半狂乱。食らう。こうじゃあ、いかん。どうしてかは分からんけど、ちょっと具合がわるいよなあ。おれがサッサと山道を歩く。人とバッタリ出くわす。…

狂人演説

人間は考える葦であるという。葦であるわけはいまひとつ思いつかないが、人間は考える葦であるという言葉には、そういうならそうなのであろうと納得してしまうような迫力がある。あまりジタバタしない方がいいぞと、アイスピックと包丁と果物ナイフを一斉に…

啞のフリする娘っ子

虎を見せろ。虎を見せろよ。赭顔酩酊の如く、太陽のような禿頭の老体が、そういって柳眉をデタラメに曲げた娘に肉薄している。虎を見せろってば。いい加減虎を見せてくれてもいい頃合いだろう。赭顔窒息の如き老人、そういう。娘はもはや柳眉とすらも言い難…

チャイニーズ・アクション・ファン

今年の夏は凡百の事件が起こっていて、油断がならぬ。先ず、外国の人が皆んな、せーのでくたばった。混血児は、まだ見てないから、状態は分からぬが、おそらくハーフなら半分死に、クォーターなら四分の一死んだのだろう。なぜ、日本人以外が息絶えたのか、…