啞のフリする娘っ子


虎を見せろ。虎を見せろよ。赭顔酩酊の如く、太陽のような禿頭の老体が、そういって柳眉をデタラメに曲げた娘に肉薄している。虎を見せろってば。いい加減虎を見せてくれてもいい頃合いだろう。赭顔窒息の如き老人、そういう。娘はもはや柳眉とすらも言い難いほどに難渋した様子で、寒夜の如く緘黙している。無論娘は虎など持っていないのだから、虎を見せろと怒鳴りつけられたところで、コンワクしてなんの反応もできぬままだんまりになってしまうのもわけはないことであり、虎を見せろ。一刻もはやく虎を見せねば、わしは罪を犯す。大いに罰せられるべき罪を犯すことも吝かではない。言下に娘は岩石の如く緘黙し、表情もやや岩石めいてきていていつ岩石になってしまってもおかしくないのだが、老人は如何にも老人らしく老眼であり、娘は岩石になりかけていることなどまるで気づいていない。虎が見せられぬというのであれば仕方がない。ないものは見せられぬ。わしも痴呆ではないから、その道理はたやすく分かる。単純明快。わっはっは。ならば、どうだろう。虎の鳴きマネをしてもらおうではないか。それで納得して頂きたい。娘の相好もやや柔和になり、蒸した芋程度には見られるようになっているが、しかし乙女には羞らいというものがあり、見知らぬ老人に虎の鳴きマネを聞かれることほど居た堪れないことなど他にないのだから、もしそのようなことが起こったが最後、生涯嫁げぬというようなつもりでいるのであって、詰まるところこの娘は虎の鳴きマネなんぞをする筈がないのである。そんでふたりともウソみたいに飛ばしてるプリウスに轢かれて死んだ。それきり。