イエロウ

 

鬼という鬼が例外なく黄色になり、恰好がつかなくなってしまった。鬼は人々の笑いものになった。あれほど我々に怯懦していた弱虫どもが、我々のカラダの色が変わったからといって、なぜあれほどに威張れるのであろう。鬼たちは一様に、自らを鏡でとり囲み、反射した黄色のバケモノを笑った。そして黄色のバケモノが笑っていることに腹を立て、怒号を飛ばした。それから黄色のバケモノが必死でなんぞ叫んでいる様を見て、傴僂のように背中を丸めて大笑した。気が狂ったのだ。気違いになると、生き物は兇暴になる。無論鬼も兇暴になった。手当たり次第、猿を絞め殺し、猫を殴り殺し、蝶々を食べ、人に襲いかかった。しかしいくら兇暴といえど、気が違っているから、攻撃はメチャクチャである。ひたすら腕をぶん回しながら激突し、やたら雄叫びをあげるだけで、鬼気迫るものはあるが、鬼気迫っているから必ず強いという法もない。動物相手だったら歯止めの効かぬ腕力でどうにかなるかも分からぬが、武道を心得た人間にしてみれば、てんで格闘にならず、鬼たちは呆気なく空手の前に沈んだ。牢に入れられそうになり、這々の態で逃散した鬼は、皆んな符牒を合わせたかのように、山に籠りきりになってしまった。人目から離れて生活をやり直すというわけではない。気の触れた鬼が、そんなに健気である筈がない。鬼は銘々湿った木下闇で膝を抱え、こんな筈じゃなかっただとか、羸弱な人間などに負けるとは慚愧に堪えないだとか、空手めだとか、なぜおれたち鬼は黄色にだとか、ボソボソと呪詛の如く呟いているばかりであった。
次第に世情は変わってきた。黄色の鬼どものうらみつらみが堆積し、浮世に漂う窮窟な空気たるや。珍奇な黄色のカラダをしていても、鬼とだけあってその影響は凄まじく、海は濁り、魚は痩け、花々はただならぬ異臭を放ち、空は厚い雲に覆われ、蜂は常住坐臥嘔吐し続け、老人は寝たきりになり、子供は爬虫類の眼をして、ともかく散々であった。
黄色の鬼は恨むだけで、食糧を得る能がなかったから、やがて衰弱して絶滅した。しかし鬼の怨念は未だ衰えず、浮世を益々わるくした。海からは波が消えて、汚いゼリーになった。魚は痩けに痩け、糸のようになった後、無くなった。花々は腐り、太陽は無くなった。蜂は嘔吐を苦にして自殺した。老人も子供も青年も中年も、太陽が無くなったせいで、凍りついた。もう、どうにもならぬ。お祓いもまったく効かぬ。地球は、とうに終わってしまったのだ。